時間とは人生そのもの、命そのものだという紛れもない事実

時間は全ての人に平等だという俯瞰的な言葉は私も好きな言葉の内の一つです。

分りやすく時給などに換算してみると、時間とは資産であるということにも非常に納得感があるのではないでしょうか。

しかし、この時間という概念を個々人にとって相対的なものと捉えた時、一人ひとりには平等ではない時間が与えられているということがいえます。

つまり、一人ひとりに与えられた残り時間は全ての人が全く異なるということです。

残り時間はつまり残りの命ということとなります。

あと何年生きていられるのか、何日、何時間、何秒なのかということです。

これを文字通りの寿命と捉える方もいれば、健康寿命のように捉える方も多くいらっしゃるかもしれません。

いずれにおいても、そのリミットに向かっては全ての人が確実に一秒一秒を消化していっているということは間違いありません。

しかも、時間というのは取り返しがつきません。

使ってしまった時間は永久に戻ってくることはありません。

使ったお金や盗まれたお金は稼いだり、取り返したり元に戻すことが出来ます。

しかし、この時間という資産は絶対に取り戻すことができないのです。

だからこそ、他人の時間を奪う行為は極めて悪質な命の搾取ということが言えます。

命は地球より重い、などという言葉をよく目にしますが、それであれば人の時間は地球よりも重い(そもそもこの言葉に関して懐疑的ではありますが)といえます。

どれほどに「時間」が大切か、時間は命そのものであるということを今一度考えてみてはいかがでしょうか?

シンドローム(上)

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